続き

教育」をもっとも広義にとらえるならば、教育は人間の身体面・精神面のどちらの面にも影響を与えるすべての作用をさしている。その作用には、家庭生活や社会活動を通して自然に与えられる影響のように、作用を及ぼす者、作用を受ける者両者ともに意識していない部分も含まれる。この広義の意味において「無意図的教育」とよばれ、また、社会の機能に付随した作用であるので「機能としての教育」ともよばれ、さらに、学校などの制度のなかでなされる作用ではないので、「非制度的教育(インフォーマル・エデュケーション)」ともよばれる。どれが好ましい作用で、どれが好ましくない作用かという価値判断を超えて、あらゆる種類の教育を含んでいる。それは、家庭のような小規模の社会から、地域社会、市民社会、国家、民族というような規模の大きな社会まで、どのような社会にも事実として付随している。それはまた、社会のなかで現になされている教育のことであり、社会を維持し保存していく根源的な機能である。こうした教育のことを、フランスの社会学デュルケームは「事物としての教育(エドゥカシオンducation)」とよび、「実践としての教育(ペダゴジーpdagogie)」とは区別した。

 それに対して、「教育」を狭義に用いる場合には、「教育」は意図的な人間形成作用をさす(意図的教育)。学校教育のような教育、つまり、目的や目標を頭に置いて、その実現のために必要な内容を選び、内容を伝えるにふさわしい方法を工夫していくような実践が、狭義の教育である。実践としての教育は、事実として社会の機能に付随している教育(非制度的教育)とは異なり、好ましさや適切さや有効性などの価値判断がつねにつきまとっている。現代の教育問題を議論する際にしばしばみられる混乱は、議論の当事者たちが、広義・狭義のどちらの意味で教育を問題にしているのかが、はっきりと自覚されていないときにしばしば生じる。[宮寺晃夫]

教育とは何か

 

日本教育の概念は

日本でも、「教育」ということばは、外来語として上代以来『孟子』の出典箇所とともに知識人の間で知られていた(あるいは、使われていた)と思われるが、日本人が書いたもののなかに登場するのは、江戸時代になってからである。しかし、江戸時代の中期までの書物では、「教化」の使用の方が一般的で、江戸時代後期の書物になって、「教育」もようやく使用例が目だつようになった。幕末近くの安政年間(1854~1860)には、藩校など当時の支配階級のための学校で、学校の活動内容や目標を書きとめた文書のなかに、「教化」よりも「教育」の方が頻繁に使われていることが確認されている。

 しかし、エリート階層の子弟に学問を教えることだけではなく、一般庶民を含めて、子供の養育や成長・発達にかかわるさまざまなことがらを、「教育」ということばで論じていくというようなことは、江戸時代を通してまだみられない。そうしたことがらは、「教育」という漢語よりも、「おしえる」「そだてる」「やしなう」「しつける」「おそわる」「ならう」などの和語によって語られていた。「おしえる」の語源は「愛(を)しむ」であり、また「そだてる」の語源は「副立(そいた)つ」であるといわれる。どちらも、幼子(おさなご)をいつくしむ情感がこめられた日常語である。江戸時代には、儒学者貝原益軒(かいばらえきけん)(1630―1714)をはじめ多くの人々が多彩な子育て書を出しているが、そこでも「教育」の用例はみあたらない。益軒の『和俗童子訓』(1710)は、子供の成長段階を追いながら、幼児のしつけ方や習慣形成の仕方、勉学への導き方、さらに道徳や社会規範の身につけさせ方など、現代からみて教育のあらゆる領域にわたることがらを取り上げているものの、「教育」ということばの使用例はみられない。

 「教育」ということばが、家庭での子育てや、学校での教授活動、そして国の青少年育成方針に関することなどを広く、そして一般的、抽象的にさして使われるようになるのは、明治時代になってからである。「教育」は、英語の「エデュケーションeducation」の意味を移植するための翻訳語として使われるようになった。同じ翻訳語でありながら、たとえば、「社会」ということばが英語の「ソサイアティーsociety」の意味を移植するために、福沢諭吉のような特定の個人によって新しく造語されたのとはちがって、「教育」の場合は、漢語・日本語としてすでに流通していたものである。明治初期に、「教育」は、それまでの意味を換骨奪胎され、「エデュケーション」の意味を担う翻訳語として転用されることになったのである。

 英語の「エデュケーション」の用法は、漢語の「教育」のそれよりもはるかに広く、多岐にわたっている。歴史的にいえば、エデュケーションの対象になるのは子供childや若い人young personばかりではない。カイコsilkwormを養ったり、動物animalを飼い馴らしたりするようなことも、「エデュケーション」ということばで表現されていたし、エデュケーションを行う主体も、親や教師のような人間ばかりでなく、世間worldがしたり、周囲の状況circumstanceがしたりすることができた。

教育について考えていきましょう。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典では、

教育(きょういく)とは教え育てること。知識,技術などを教え授けること。人を導いて善良な人間とすること。人間に内在する素質,能力を発展させ,これを助長する作用。人間を望ましい姿に変化させ,価値を実現させる活動とされている。では他の辞書ではどうでしょうか。

デジタル大辞泉では、

ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。知識の啓発、技能の教授、人間性の涵養(かんよう)などを図り、その人のもつ能力を伸ばそうと試みること。「教育を受ける」「新入社員を教育する」「英才教育」。学校教育によって身につけた成果。

百科事典マイペディアでは、

人間の諸能力を引き出し育成すること。教授,陶冶(とうや),訓練,養育などのカテゴリーを含む。また教育は,社会の持続と発展のために,個人または特定の機関が一定の価値を志向して未成熟な者をその社会に適応させる意識的な活動であり,社会統制の一種として制度化される。

世界大百科事典 第2版では、

人間は歴史的に規定された社会的環境のなかで,意図的,無意図的なさまざまな刺激とその影響を受けて,成長し発達する存在である。教育とは,広義ではこれらの人間教育全体を指すが,狭義では一定の目的ないし志向のもとに,対象に対する意図的な働きかけを指す。この場合にも,次の世代への意図的働きかけにとどまらず,成人教育,生涯教育という言葉が示すように,同世代の,あるいは世代間の相互教育(集団的自己教育)を含んで使用される場合もあるが,より限定的には,先行世代の,次の世代(子ども,青年)に対する文化伝達と価値観形成のための意図的働きかけをいう。

大辞林 第三版では、

他人に対して意図的な働きかけを行うことによって、その人を望ましい方向へ変化させること。広義には、人間形成に作用するすべての精神的影響をいう。その活動が行われる場により、家庭教育・学校教育・社会教育に大別される。 「子供を-する」 「義務-」 「 -のある人」

日本大百科全書(ニッポニカ)では、

教育の語源であるが、「教育」ということば(漢語)の使用例は、孔孟(孔子(こうし)と孟子(もうし))の時代にまでさかのぼることができる。今から2000年以上の昔に著された中国の古典『孟子』に、君子の楽しみの一つとして、「天下の英才を得て、これを教育する」ことがあげられているのが最初の出典である(『孟子』尽心・上)。その釈義は、文字どおり「教え育てること」であるが、対象とされるのはあくまでも「天下の英才」であって、どこにでもいるような「子供」を含めていわれていたわけではない。また、「教」は「學」(ならう)と「支」(軽くたたいて注意をあたえる)との合字で、「上から施されたことを下からならう」というのが原義であり、「育」の方は、「月」(肉月)と「子」の転倒した姿からできていて、出産場面を象徴しているともいわれ、「養う」というのが原義である。辞書などではこのように定義されている。現代日本ではこのように教育はなされているのか。