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19世紀の教育事情、とくに教育改革運動

19世紀の教育事情、とくに教育改革運動 アメリカは18世紀後半から、産業革命およびそれに付随する経済活動の拡充で目覚ましい発展を遂げた。もっとも、1819年、1837年、1859年と近代的な経済恐慌にみまわれてはいる。一般的にいって、アメリカの近代産業化は…

高学歴時代の教育

高学歴時代の教育 〔1〕生涯教育 高学歴の社会において、学校教育は表面上、制度的、形式的にいっそう振興した印象を与えている。しかし、急激な社会構造の変化、技術革新の波、余暇の増大などは、人々に生涯教育の必要を痛感させるまでになった。限られた学…

西洋文化摂取の教育

西洋文化摂取の教育 1872年(明治5)「学制」が発布され、国民教育制度がスタートした。当時の日本の切実な課題は殖産興業と国民皆兵であった。この課題の達成をめぐる問題が、日本の近代教育制度の展開を特色づけた。 (1)明治5年の「学制」発布 「学制」は…

日本の国民教育制度

日本の国民教育制度 日本の国民教育制度の成立事情は、ヨーロッパ諸国のそれと比較して著しく異なっている。なるほど、日本の学校制度のなかには、ヨーロッパの学校制度の模倣・移植が若干みいだされる。たとえば、統一学校がそれである。しかしそれは、見せ…

教育の機会均等と義務教育

教育の機会均等と義務教育 教育の機会均等は、国家がどういう形であれ、教育制度の構成と運営に参画することで達成される。このことは、義務教育の場合に明らかとなる。すなわち、国家の側からの教育の強制は、保護者がわが子に教育を受けさせる義務をもつと…

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英語のeducationおよびフランス語のエドゥカシオンducationということばの語源については、諸説があって解釈が定まってはいない。通説によれば、それはラテン語のエドゥカーレeducareに起源があることばだとされている。そしてeducareは、「外へ」という意味…

日本における教育権の変遷

日本における教育権の変遷 日本では、国家の教育権が明治の欽定(きんてい)憲法(大日本帝国憲法)下において、教育大権ないし勅令主義という形で、教育の義務づけや内容決定を行った。国家の教育権が法制定に完全に貫かれていたわけで、各学校令(勅令)は教…

教育権と学習権

教育権と学習権 近代教育の理念は、教育権や学習権の問題を究明することによっていっそう明らかとなる。自我の自覚は人権思想を生み、近代教育思想は、この人権思想に基づいて子供の権利を発見した。そして、この問題は教育行政理論において、国民の教育権保…

教育の現代化

教育の現代化 第二次世界大戦後、教育方法の改革に国家が本腰を入れて取り組むようになるきっかけをつくったのは、ソビエト連邦による世界最初の人工衛星の打上げ成功(1957)であった。アメリカは、この「スプートニク・ショック」によって科学技術の立ち後…

日本の新教育運動

日本の新教育運動 「新教育」の名のもとでの教育改革運動のうねりは、日本にも及んでいる。それは主として大正時代に集中しているので、「大正新教育」とも、「大正自由教育」ともよばれるが、その発端は、明治時代末期の画一主義的な教授法への改革として始…

20世紀の教育改革運動の諸相

20世紀の教育改革運動の諸相 20世紀を目前にして、スウェーデンの社会運動家エレン・ケイは『児童の世紀』(1900)を書いている。そのなかでケイは、きたるべき新しい世紀には、子供が大人たちの勝手な支配から解放され、子供の幸福が真に保障されることにな…

マカレンコと集団主義

マカレンコと集団主義 ソ連の教育実践家マカレンコは、20世紀の前半に、社会主義国家の建設という新たな課題を担うことができる人間像を、描こうとした。マカレンコは、非行少年の再教育に携わってきた経験を生かして、子供たちに、自分勝手なエゴに基づく行…

デューイの教育思想

デューイの教育思想 アメリカのプラグマティズムの哲学者として名高いJ・デューイも、社会主義や進化論などの新しい考え方がわきおこった19世紀後半の思想状況のなかで、さまざまな人々から豊富な刺激を受けながら自分の思想をつちかっていった。19世紀末に…

ヘルバルトの教育論

ヘルバルトの教育論 そうした「講壇教育学者」とよばれる人々のなかで、最終的に教育学を自由意思の哲学から切りはなして、自立した学問に仕上げていったのはヘルバルトである。教育学は、子供の頭のなかの思想界を、どのように形成していくかという実際的な…

近世教育論の諸相

近世教育論の諸相 近世最大の教授学者は、チェコ人のコメニウスである。コメニウスは、祖国が三十年戦争にみまわれるなか、国内外で逃亡生活をしいられながら、教授法の改革による世界平和の実現を説いて回った。その主著『大教授学(ディダクティカ・マグナ…

近代教育の理念と展開

近代教育の理念と展開 近世ルネサンスの時代を迎え、形成されるべき人間像は鋳型のような画一的なものから解放されるようになる。教育研究も、単なる教え込みの技法の開発にとどまらず、形成されるべき人間像の描き直しを含めて、本格的に展開されていく。そ…

古代・中世における教育研究

古代・中世における教育研究 社会が、その成員によって価値観を共有されていて、伝統的な慣習や習俗が、そのまま保たれている状態にある限り、「教育はどのように営まれるべきか」というような、改まった問い直しがなされることもない。しかし、その社会のな…

教育の社会史

教育の社会史 事実としての教育ばかりでなく、実践としての教育も、その歴史は人類史とともに古い。子育てやしつけの技法は、親から子へと連綿と伝えられてきたし、また、それぞれの社会には、「一人前」として認められるための目安が受け継がれてきた。一日…

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ヘルバルトの教育目的論がそうであったように、教育の目的は、だれに対してもあてはまる目的として、一般的に述べられるのが普通である。教育の目的は、ひとりひとりの子供を、そこに到達させなければならないものというよりも、教育的な努力が、それに沿っ…

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教育することができ、また教育することが必要となる理由についても、個人の観点と社会の観点の両面から考えることができる。 近代ドイツの哲学者カント(1724―1804)は、18世紀の末になされたケーニヒスベルク大学での教育学講義のなかで、「人間は教育され…

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二つの教育観 教育が果たす役割についてみていくときにも、二つの観点がある。まず、微視的な観点、すなわち個人に焦点をあわせた観点からすれば、教育とは潜在的な発達の可能態として生まれてくる人間(子供)に働きかけて、その可能態を現実態にしていく営…

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教育」をもっとも広義にとらえるならば、教育は人間の身体面・精神面のどちらの面にも影響を与えるすべての作用をさしている。その作用には、家庭生活や社会活動を通して自然に与えられる影響のように、作用を及ぼす者、作用を受ける者両者ともに意識してい…

日本教育の概念は

日本でも、「教育」ということばは、外来語として上代以来『孟子』の出典箇所とともに知識人の間で知られていた(あるいは、使われていた)と思われるが、日本人が書いたもののなかに登場するのは、江戸時代になってからである。しかし、江戸時代の中期まで…

教育について考えていきましょう。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典では、 教育(きょういく)とは教え育てること。知識,技術などを教え授けること。人を導いて善良な人間とすること。人間に内在する素質,能力を発展させ,これを助長する作用。人間を望ましい姿に変化させ,価値を実現…