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続き

二つの教育観

教育が果たす役割についてみていくときにも、二つの観点がある。まず、微視的な観点、すなわち個人に焦点をあわせた観点からすれば、教育とは潜在的な発達の可能態として生まれてくる人間(子供)に働きかけて、その可能態を現実態にしていく営みといえる。この観点からは、「教育とは子供が発達していくのを援助することである」という定義がしばしばなされる。昭和初期の代表的な日本の教育学者篠原助市(1876―1957)は、「教育は被教育者の発展を助成する作用である」と明確に定義している。この場合、教育の対象はひとりひとりの人間(子供)であり、教育は親と子供、教師と生徒などの直接的な関係のなかでなされるものとみなされる。

 それに対して、巨視的な観点、つまり社会の側の観点からすれば、教育とは、社会の文化や言語や生活様式や決まりなどを、新たに社会に加わってくる人々(子供たち)に伝えていき、彼らを社会の成員にしていく営みである。この観点からは、「教育とは子供を社会に適応させることである」という定義がなされる。「教育とは社会化(ソーシャリゼーションsocialization)である」といわれることもある。篠原よりやや遅れて、第二次世界大戦の前後に活躍した教育学者の宮原誠一は、教育を、「自然成長的な形成の過程を望ましい方向にむかって目的意識的に統制しようとする営みである」と定義したが、ここでいわれる「統制」の主体は、教師だけには限らない。それぞれの社会が、それぞれの「望ましさ」に基づいて形成過程に統制を加えていくこともまた、含まれている。

 微視的に眺めれば、教育は発達の助成であるが、巨視的に眺めれば、教育は社会化であり社会による統制である。この二つの観点と定義は、ちょうどメダルの表裏の関係にあって、切り離すことができない。子供の発達を助けることは、その子供を社会のなかに適応させるためになされることであり、反対の側からみれば、子供の社会的適応を促すことが子供の発達を助成することになる。

 イギリスの教育哲学者ピーターズRichard Stanley Peters(1919―2011)は、発達の助成と社会的適応というメダルの両面の意味をこめて、「教育とはイニシエーションである」と定義している。子供は、公的な社会生活の場でなりたっている文化形式や思考形式のなかに引き入れられていき、そのなかで人間として生きていく共通の基盤、つまり「生活の形式」が育てられていく、とピーターズはみている。

 ただし、このように、発達の助成と社会的適応を矛盾や食い違いのない同一のプロセスとみなすことができるのは、社会が、これまでと同様に、そしてこれからも大きな変動もなく安定して存在し続けていく(あるいは、安定して存在し続けていってほしい)と考える限りにおいてである。そうした伝統主義、保守主義の見方をもはや前提にしていくことができないようなときには、子供の発達の助成と社会への適応との関係は、それほど単純なものではなくなる。とくに、「社会」といっても、そのなかにさまざまな文化的背景をもつ人々が交じりあっていたり、社会の未来像がはっきりとは描けなくなったりしてくると、教育の本質を「発達」とか「適応」などの名目で語っていくこと自体が現実味を失ってくる。なぜなら、どちらの語り方も、目的なり前提なりがすべての人に明確なものである限りにおいて意味をもつからである。目的、つまり最終的な到達点がはっきり示されないまま、発達について語ったり、教育の本質は発達を促すことであると抽象的に論じても、あまり意味のあることとはいえない。目的(ギリシア語でテロス)や目的論が不確定なまま、方法や方法論の側から、「一時に一事を」とか「易から難へ」という教育の原理がたてられることもある。しかし、目的論を抜きにして方法論の有効性を語ることはむずかしい。「方法」の原義(ギリシア語でメタ・ホドス)は、「道にしたがってたどっていく」ことである。どこにたどり着く道なのかが、道の本質であるはずである。[宮寺晃夫]

教育の可能性と必要性