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教育の機会均等と義務教育

教育の機会均等と義務教育

教育の機会均等は、国家がどういう形であれ、教育制度の構成と運営に参画することで達成される。このことは、義務教育の場合に明らかとなる。すなわち、国家の側からの教育の強制は、保護者がわが子に教育を受けさせる義務をもつという形で現れる。それは、国家が保護者に課する義務である。そして、義務教育は原則として無償教育であることから、国家の側に無償の公教育を提供する義務を負わせるものである。[大谷光長・神山正弘]

統一学校の成立と歴史的展開

教育の機会均等の問題は、統一学校の実現にかかわっている。統一学校とは、地位・階級・信条などのいかんにかかわらず、すべての国民が同一の平等な教育を受けることのできる学校制度のことである。ヨーロッパの学校発達史が明らかにしているとおり、最初に、各時代の支配階級の子弟のための大学から初等教育段階までの学校が創設され、そのあとで一般庶民のための初等学校が設立された。したがって、ヨーロッパの学校制度には複線型のものが多く、中等・高等教育機関と一般庶民の初等学校との連結は、簡単に実現しなかった。

 統一学校に関する構想は、『大教授学』(1657)の著者コメニウスの学校系統論に始まり、熱意と真剣さをもってこれを国家の問題として取り上げたのは、フランス革命議会であった。しかし、その努力もむなしく、財政難のため結局は実らなかった。けれども、この提案、その努力は、その後欧米各国に受け継がれ、また人権思想が理解され普及されたこともあって、各国は統一学校による教育の機会均等を実現する努力を続けてきた。アメリカがいち早く単線型の統一学校体系を実現させた。また、1917年の革命後のソ連第一次世界大戦後のドイツ、1944年バトラー教育法を制定したイギリス、1947年ランジュバン‐ワロン教育改革案を生んだフランスなどは、いずれも複線型の教育制度を廃止し、単線型のものを実現しようと試みた。これらの例は、国民教育制度が、子供の権利の確認に基づいて、教育の機会均等を制度化することによって成立・発展してきたことを物語っている。

 以上述べてきた就学の督励、義務的で無償の教育の実施、そして統一学校の実現などが、国民教育制度の成立・発展の足跡である。[大谷光長・神山正弘]

教育領域の拡大・生涯教育

現代の急激な技術革新の進展は、社会の変化、人間の生き方の変化などをもたらした。社会や人間の生き方の変化などは、当然、教育の変革を必要とする。そして、教育の変革のなかで、とりわけ教育領域の拡大と生涯教育の諸問題が注目される。教育領域については、以前から家庭教育・学校教育・社会教育の3領域が語られ、論じられてきた。そこでは、学校教育は制度的教育として、また家庭教育・社会教育は非制度的教育として特徴づけられ、機能してきた。

 豊かな物質文明のなかで生活することは、子供の成長・発達によい影響・感化を与えるかといえば、単純に肯定ばかりはできない。それは、現実に子供の非行の低年齢化、打算意識の増大、精神態度の脆弱(ぜいじゃく)化などからも理解できる。そして、改めて、家庭教育と社会教育の重要性、および両者と学校教育との統合が注目されるに至った。親も社会人も、学校教師と同様、未熟な若者の健全な育成に責任をもつことが、時代の要請するところとなった。

 時代が人々に多様な生き方を求め、また高齢化問題に明るい解決を求めることもあって、「ゆとりと充実の生の過ごし方」をめぐって、社会教育がいっそう機能することが期待される。職業に従事する人は、新しい技術の導入と果てしない人々の願望とに対応していく必要から、専門的な知識・技能の学習を続行することが必要となった。また一般的状況としても、科学技術の急速な進歩、生活の多様化した社会、高齢化と余暇の拡大など、人々が生涯にわたり知識や技術を自ら学習していける組織・機構づくりが求められている。生涯学習は、これまでの制度化された教育への依存から、社会の教育機能の再編成を要請している。[大谷光長・神山正弘]